道具を作る人間が、現場の仕事を知らなかった話
動画解析・検索のプロダクト atoindex(アトインデックス)を作った当初、動画制作会社の方に「素材を技法で検索したい」と言われても、私にはピンと来ていませんでした。同じ頃、シンガポールの映画監督には「映像産業の経験者を雇え」と助言されます。それなら自分が作り手になればいいとYouTubeチャンネルを始めて5ヶ月、あの日の打ち合わせの意味が自分の痛みとして分かってきた話です。
私は普段、atoindex(アトインデックス)という動画解析・検索のプロダクトを作っています。動画をAIで解析し、中身を意味で検索できるようにするツールです(考え方は「動画は、あなたの会社で一番眠っている資産かもしれない」に書きました)。
この記事は、道具を作っている人間が、その道具が使われる仕事を知らなかったことに気づかされ、それならばと自分が作り手の側に回った顛末の話です。
理解できなかった打ち合わせ
atoindexのビデオパイプラインを開発した当初、Webサイトの問い合わせフォームから200件ほど連絡をしてみたことがあります。そのとき、YouTubeビデオ制作代行会社の方がコンタクトをくれて、打ち合わせになりました。
先方は現場の要望をいくつも話してくれました。中でも印象に残っているのが、制作の途中で作る膨大な素材を「技法で検索したい」という要望です。エフェクトやアニメーション、カメラワークといった切り口で素材を引きたい、と。
正直なところ、動画制作の経験がなかった私には、その要望が実感としてうまく掴めずにいました。動画を「解析する」道具は作れても、動画を「作る」現場でどんな素材が、どんな工程で生まれ、何ヶ月後にどう再利用されるのかが、手触りとして分かっていなかったのです。技術的な質問には答えられるのに、現場の仕事の話になると、同じ深さで会話ができていないなという気づきがありました。
「共通の言葉で話せる人間がいないと、交渉は難しい」
同じ頃、LinkedIn経由で、海外の映像報道機関や制作会社の方々にatoindexのDMを送っていました。数少ない返信をくれたひとりが、シンガポールの映画監督です。報道局でドキュメンタリーを作っていて、その後フリーになった方でした。来日したときに飲みに行き、仲良くなりました。
彼がくれた助言を、私は今もそのまま覚えています。
タカ、できるならば、映画や映像の産業で働いた経験のある人間を雇うんだ。そうしないと、そういう人たちと話すときに共通の言葉で話せる人間がいないから、交渉はなかなか難しい。
映像業界に向けてツールを作るなら、業界の言葉を話す人間をチームに入れろ、というまったく正しい助言でした。ただ、当時の私たちの規模では、経験者を雇うという選択肢は現実的ではありません。それでもこの言葉は、「ツールの開発者で止まっていてはいけない」という助言として、ずっと頭の片隅に残り続けました。
それなら、自分が作り手になればいい
しばらくして、XでKling AIを使った生成AIビデオ制作のポストを見かけました。手持ちの画像数枚からシーンを構築していくもので、面白そうだと思い、見よう見まねで作ってみたのが最初です。
そこから数週間、この技術で何か面白いものができないかを考え続けました。昔の映像をテーマにして、人物も物語も排した、歴史の情景にただ雨を降らせる動画。そうして行き着いたのが、YouTubeチャンネル「歴史の雨音」でした(動機の話は別の記事に書いています)。
このチャンネルを、私は5ヶ月間、企画から公開まで自分の手で運営してきました。途中で制作パイプラインをAIエージェント化して、スマホからパラメータを送れば動画ができるところまで作り込みましたが(技術的な話はこちらの記事にあります)、この記事で書きたいのは技術の話ではなく、作り手になって初めて見えたものについてです。
作り手になって、あの打ち合わせが理解できた
チャンネルを運営してみると、あの日ピンと来なかった言葉が、次々と自分の痛みとして返ってきました。
「膨大な素材」は、本当に膨大でした。1本のショート動画の裏には、生成した画像が3枚、採用1枚、動画クリップの失敗テイクが数本、雨音の候補が複数、プロンプトの履歴が何世代も残ります。シーンが100本分になれば、手元の素材は数千のオーダーです。そして数ヶ月後、「あの妓楼の夜みたいな光の画をもう一度使いたい」と思ったとき、探す手がかりは日付とファイル名、それにプロンプトの断片くらいしかありませんでした。
「技法で検索したい」の意味も、痛いほど分かりました。私自身が今、素材を「黒澤調のコントラスト」「固定カメラ」「ループ用の雨音」という切り口で引きたいのです。時代や場所というタグだけでは足りません。作り手が素材を思い出すときの索引は、被写体の名前ではなく技法の側にあるのだと、自分が困って初めて気づきました。
さらに、動画制作の現場では「失敗テイク」が大量に生まれ、しかも簡単には捨てられません。なぜなら、失敗の仕方が次のプロンプトの調整材料になるからです。素材には「どの工程の産物か」という文脈が常に付きまとう。これも、自分で手を動かしてみて初めて得た感触でした。
道具を作る人間と、現場の距離
道具を作る人間が、その道具が使われる仕事を自分でやったことがなければ、顧客と同じ深さで話すことはできません。機能の要望を聞き取ることはできても、顧客が言葉にしていない前提や、「技法で検索したい」の奥にある制作現場の構造まではなかなか想像が及ばないからです。
シンガポールの映画監督がくれた助言は、その距離を人で埋めろということでした。ですが、人を雇えるまで待つよりも自分で現場に入って作り手になってしまう方が、完璧な体験ではないにせよ、ずっと早かったのです。
自分のツールを、自分の現場で使う
ここまで来て、話は最初の制作会社様との打ち合わせに戻ります。雨音の制作で溜まり続けている数千の素材を、自社のatoindexで管理してみる実験を始めました。
雨音の動画は1本の中でシーンが変わらないため、実はatoindexの一番の強みであるシーン分割はあまり活きません。それでも、素材を探すのに困っている自分自身が、今度は作り手の視点で道具を使ってみることができます。あの日受け取れなかった要望に対して、道具の側からどんな答えを返せるのか。実験の結果が出たら、また記事にしたいと思います。
道具を作っている人は、その道具が使われる現場の仕事を一度自分でやってみると、驚くほど見え方が変わるはずです。動画素材の管理や検索でお困りのことがあれば、お気軽にご相談ください。