Tokyo to Saigon ― 銀行口座ひとつ、作りきる

書類は全部青いペンで書き直し、大手銀行では書類不足で撃沈。それでも諦めず、Vさんの逆転劇と、若手銀行員の「君のお金が見えた」というメッセージにたどり着くまで。ベトナムでの法人・個人の口座開設を、最後まで作りきった記録。

Tokyo to Saigon ― 銀行口座ひとつ、作りきる

IRC(投資ライセンス)を取得し、ERC(事業登録証明書)の申請も終わった。ERCが発行されれば、いよいよ法人の銀行口座が作れる。ここまで来れば、あとは口座を作るだけ——そう思っていた。

調べると、ベトナムでは設立したばかりの超零細企業でも、大きな銀行が普通に口座を開いてくれるらしい。2009年の暮れにGoldrush Computingを創業したとき、何も知らずに某メガバンクへ口座を作りに行って門前払いされた私からすると、「えぇ、いいの?」という感じである。

支店ひとつで、こんなに違う

日本と同じで、ベトナムにもメジャーなメガバンクが3行ある。S社長に相談し、外国人に慣れているというX銀行に決めた。さっそくヘクターに支店へ行って聞いてもらうと、最初に行った7区の支店は「ERCがないと詳細は教えられない」と随分な塩対応。ところがS社長に教わった、日系企業の扱いが多い1区の支店へ翌週行ってもらうと、「慣れてる感じがして、説明がわかりやすかった」とメッセージが来た。同じ銀行でこの差である。やはり先人のアドバイスは大事だ。

その担当者から申請書類がメールで届いた。添付のzipを開くと——ベトナム語でびっしり書かれた書類が11個。仕事終わりの夕方に見たせいか、頭がくらくらしてきた。

全部、青いペンで書き直し

書類はGoogle TranslateやChatGPTで意味を調べながら日本で書いてきたが、最後はベトナム語ネイティブのヘクターと隣に座って確認するのが一番確かだ。申請前日、オフィスにはまだプリンターもない。パスポートのコピーは、泊まっているホテルの夜勤のおじさんや昼勤のアンが、走って取ってきてくれた。コピー代も請求されない。良い宿である。

翌日、書類の最終確認。1枚目を机に並べた瞬間、ヘクターの顔が曇った。

「もしかして、黒いペンで全部書いてきたの?」

「うん、全部黒で」と答えると、彼は額に手を当てて黙り、こう言った。「ベトナムでは、公式な書類は全部青いペンで書かないといけないんだ。」黒だと印刷文字と見分けがつかず、手書きを疑われる。青で書くことが、手で書いた証明になるという。

こういうこともあろうかと、私は未記入の書類を1種類につき3部ずつ余分に持ってきていた。膨大なベトナム語を一発で書ける自信がなかったからだ。ただし、これから全部、最初から書き直しである。メンバーのHくんの青ペンを借り、書類の山と向き合う。ベトナムでは記入ミスも認められないらしく、ミスをするたび予備が1部ずつ減っていく。緊張で手が震える。記入は夜遅くまで続いた。

大手銀行で、撃沈

翌日、書ききった書類を抱えてX銀行へ向かった。口座がなければ資本金も振り込めず、給与も払えない。この滞在中に、なんとしても作らなければならない。

会社印はさっき手に入れたばかりで、指摘されるまま必要なところに片っ端から押していく。確認は順調に進み、「これは一発で行けるかも」と期待が芽生えた瞬間があった。だが、担当者の手が止まる。ヘクターに何かベトナム語で話しかけている。嫌な予感——あるドキュメントが足りない。しかもそれは、一度日本に帰らないと手に入らないものだった。すでに午前の営業時間は過ぎ、フロアに人気はない。担当者がマネージャーに掛け合ってくれたが、答えは同じ。ダメだった。がらんとしたフロアを見回して、途方に暮れる。あぁ、出直しか。しかも日本から——。

起死回生、逆転ホームラン

通りに面したテラス席でアイスコーヒーを飲みながら、S社長とVさんにZalo(ベトナムで最も使われているLINEのようなアプリ)で経過を報告した。しばらくしてVさんから、「Y銀行で作りますか?」とメッセージが入る。X銀行より小さいがこちらもメガバンクで、もう少し融通が利くという。曇っていた頭に、光が差した気がした。

翌朝、Vさんが電話をしておいてくれたらしく、Y銀行では2階の法人フロアの大きなテーブルに案内された。昨日は1階の丸椅子にヘクターと身を寄せ合って座っていたのに、今日は出だしから何かが違う。到着したVさんを、その場の銀行員がほぼ全員、親しそうに迎える。ん、Vさん、何者? 考えてみれば彼女は、S社長に代わってホーチミンで会社全体を見ているディレクターで、Y銀行にとっても重要な顧客なのだった。昨日不備を指摘された書類は「後日提出でいい」ことになり、口座開設は並行して進めてくれるという。

なな、なんと。エンジニア2人は、驚きと安堵の混じった変な笑みを浮かべて顔を見合わせ、2階のフロア全体に深々とお辞儀をして銀行を後にした。その日の午後、「口座が開設できました」という連絡がZaloに届いた。総括すると、最初からVさんの助言を聞いておくべきだったのである。

「君のお金が見えたよ」

口座ができても、まだ終わりではなかった。ベトナムには、事業ライセンスの発行から90日以内に資本金を振り込まないといけない法律がある。日本に帰った私は、折しも円安の真っ只中、ここ数ヶ月で円が最安値を更新した日の朝に、資本金を送金した。為替レートは泣くしかない。

ところが1週間経っても、アプリの残高はゼロのまま。Y銀行の担当のMさんにZaloでメッセージを送る。日本でいえば、メガバンクの行員とLINEで友達になり、送れば30分で返信が来るような関係だ。「まだ着金してないみたい。もう少し待って」との返信。さらに1週間。初回の給与振込日が迫る。もう一度伝えると「ちょっと待ってくれる」と返ったきり、メッセージが途切れた。2時間経っても返事がない。外でランチを食べていると、Zaloに通知が来た。

君のお金が見えた

見えた? どういうこと? ルパン三世に出てくる巨大金庫の扉をぐるぐる回して、中を覗いているのだろうか——妄想が膨らむ。それでも、Mさんの「見えた」のひと言が、なぜか私を安心させた。そこから7時間後、「口座に入金ができた」というメッセージ。待ちに待った資本金が、ついに届いた。

一等地のカフェで

法人口座のあとには、個人口座も待っていた。労働許可書が発行され、私も口座を作れる。銀行はもちろん、あの逆転劇のY銀行。このときもVさんがついてきてくれて、記入の選択肢は多かったが、彼女がいなければ3倍は時間がかかっただろう。おかげでお昼前に完了。伸びている国は、本当にスピードが違う。

私はベトナムに住んでいないので、キャッシュカードもない制限付きの口座——というより、アプリのアカウントに近い。ログインして残高ゼロが表示されたのを見て、「おぉ、できた」となる。通帳=口座だと思っている昭和な私には、なんとも新鮮だった。

Y銀行のあたりはホーチミンの一等地。Vさんに勧められたカフェで、天井のファンの風にあたりながらコーヒーを飲む。第一ミッションをクリアした感慨にふけった。銀行口座ひとつ。たったそれだけのことに、何度撃沈し、何度書き直し、何人に助けられただろう。それでも、最後まで作りきった。

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#ベトナム#新規事業#海外進出