守備範囲が広すぎて仕事が消えた ― 10本の指という限界を、AIが解き放った日
2020年、フルスタックになりすぎて「何ができる人か」が伝わらず、受託がゼロになった。あのとき広さは、実行できない諸刃の剣だった。AIエージェントが外したのは広さの価値ではなく、指10本・24時間という実行の制約だった。広さが解き放たれ、私たちは看板を「完成させる力 × AIネイティブ」に絞った話。
2020年2月。会社は創業10周年を迎えたばかりでした。そして年明け早々、受託案件がゼロになりました。
もともとは、iOS アプリが作りたくて独立した会社です。それがいつの間にか、Android も、音声アプリも、機械学習も、IoT も、位置情報も、バックエンドも——「なんでも来い」で受けているうちに、9言語で開発できるフルスタックエンジニアになっていました。ところが皮肉なもので、そうやって守備範囲を広げた結果、大多数の人にとって「ゴールドラッシュが何屋なのか」が分からなくなっていた。研究開発の秘匿案件が続き、実績を外で言えない時期も重なって、とうとう新規の相談が来なくなったのです。
このとき私が出した答えは、note に「守備範囲」という記事を書くことでした。iOS、Android、音声、多言語対応、バックエンド、機械学習、IoT、位置情報コンサル、デバッグ、技術選定コンサル……自分にできること13項目を、ひたすら並べて見せた。今思えば、ずいぶん必死だったなと思います。
広さは、諸刃の剣だった
今思い返すと、あのリストは症状への対処にすぎませんでした。
「何屋か分からない」という問題の薬は、もっと広げることでも、できることを並べることでもなく、むしろ、並べれば並べるほど、焦点はぼやけていくということにあの時は気づけていなかった。
それに、当時の広さには、もう一つの限界がありました。私の指は10本しかありません。 時間は1日24時間。COO の石川も指は10本。知見をどれだけ広く持っていても、一度に動かせる手の数は変わらない。広い知見は、実行に変えられないまま、詰まっていたのである。 受託が消えたのは「置き場所が分からない」だけの問題ではなく、「広さを、出力に変えきれない」問題でもあったのです。
広さは、持っているだけでは、諸刃の剣。
本当に必要だったもの
振り返れば、あのとき本当に必要だったのは、二つでした。その広さを”実行”に変える手段と、自分が何屋なのかを名指しする、鋭い看板。当時の私には、そのどちらもありませんでした。だから広さは、宝の持ち腐れのまま、ただ私は悶々としていたのかもしれない。
そして、AIエージェントが来た
それから五年。2025年ごろから、AIエージェントが実用的な進化を遂げていきました。
AIが外したのは、広さの”価値”ではなく、実行の”ボトルネック”だった。
指10本と24時間に縛られていた20年分の知見——かつてアセンブリを書いていたことからCPUとメモリのレベルまで降りてソフトウェアのランタイムを想像できる深い思考力と、領域をまたぐ広さ——が、はじめて「広く実行可能」になりました。COOの石川もまた、iOS開発の経験を積み上げ、プロダクトを完成に導く過程を何度もくぐり抜けてきています。AIエージェントを使い始めてから、その効力が二つあることに気づきました。ひとつは上流の意思決定の質、もうひとつは、AIエージェントに渡す文脈・戦略・設計・対話の質です。全体を見る人と手を動かす人が分かれた現場では、AIエージェントに渡せる文脈も、どうしても全体の一片にとどまりがちです。深く広く、全体を見渡せる人ほど、渡せる指示も下せる判断も深くなる、そう感じています。
広さは、AIによって無価値になったのではなく、むしろ垂直に、その体積を増したのだと思っています。
今だからこそ看板を絞ろう
いまの私たちの力を的確に言い表す看板を、二つに絞ることにしました。
軸1:完成させる力。 アイデアを完成まで運ぶ。その要は、上流での正しい意思決定——何を作らないか、どこで削り、どこで終わらせるか。
軸2:AIネイティブ。 生成AIや機能特化型のAIモデルをつかった製品、サービス、プロセスを企画から”実装”まで持っていく。
AIに解き放たれた広さを存分に生かして、この二つに活動を集中させていきます。「この二つをやり切る会社」として認知されるように、これからは黙々と日々実績を積み重ねていくつもりです。
「作らない判断」という証拠
「完成させる力」の半分は、実は**“作らない判断”**とも言えます。
ベトナムで受注した案件が、見積もりの2倍に膨れたことがありました。私は開始2ヶ月半で、それを止めました。走り抜くことではなく、どこで終わらせるかを決めることが会社を守ったその話は別の記事に書きました。
こうした判断は日本でも日々起きています。
たとえば、ある位置情報を扱う実証実験(PoC)で、クライアントから認証方式の案をいただいたことがあります。「サインアップを無くし、個人情報を集めないために、ユーザーIDもパスワードも自動発行して端末内に保存する」というもの。技術に明るい方の、プライバシーに配慮した、よく考えられた案でした。技術的には作れますし、なりすましも設計で防げます。
でも私は、こう指摘しました。位置情報は、たとえIDが匿名でも、参加者名簿と突き合わせれば個人に紐づく、あるいは推測できる。 そうなれば、それはもう個人情報を集めているのと同じです、と。中途半端な「個人情報の回避」は、回避になっておらず、また、この認証アイデアでは製品化のフェーズまで行った時に不正利用への脆弱性が残ってしまう。
この指摘には、認証のセキュリティも、プライバシーの考え方も、位置情報というデータの性質も——複数の領域をまたぐ知識が必要でした。狭い一分野だけを見ていたら、するりと通り抜けてしまう種類の落とし穴だと思います。私たちは代わりの認証方式を提案し、作り始める前に、設計を組み直しました。
広い知見は、こういう「作る前の一手」でこそ、いちばん活きるのだと感じています。
そして、いちばん深いところで
その「AIネイティブ」の、いちばん深いところで、私たちは自分たちのプロダクトを作っています。
動画を”意味”で扱うマルチモーダルAIです。長い動画をシーンに分け、要約し、後から意味で検索・レポート化できるようにする、多段のAI。これを、ごく少人数で立ち上げ、モデルの部分から基盤、課金の仕組みまで組み上げました。それが、atoindex(アトインデックス)とレポダスという二つの自社プロダクトです。
分業で切り分けられた開発では、この”幅”をひとつながりで作るのは難しいかもしれません。全体を見る人が、そのまま作る。だから、設計から実装までを分断なく作り切れる——そう考えています。その幅の広さが、AIエージェントに渡す設計と判断の質を押し上げてくれています。かつて持て余していた知識・経験の広さが、いまは、いちばん頼りになる味方になってくれました。
もし、動画やマルチモーダルAIがあなたの事業に関わっていましたら、まずはこの二つのプロダクトをのぞいてみていただけたら、と思います。
作る前に、まず相談を
新規事業のご相談をいただくとき、まずは対話とおおよその見積もりまで、費用はいただきません。あなたのビジネス、届けたい価値、ロードマップを理解したいからです。そのうえで、本格的な検証や設計——「何を作り、何を作らないか」を見極める、いちばん大事なフェーズに入るときは、そこを小さく区切って、あらためてご提案します。作らない判断も、削る判断も、そこから始まります。
iOSでも、Webでも、AIでも。領域が何であれ、完成させたいものがありましたら、こちらからお気軽にご相談ください。何を作るべきか、あるいは作らないべきか、というところから、ご一緒に考えます。